もうすぐ日が暮れる。
部屋には西日が差しカーテンが真っ赤になって揺れている。
まるで燃えているようだ。
彼女がこの部屋を出ていってしまってから1ヵ月がたつ。
◇ ◇ ◇
彼女は無言で私物をスーツケースに詰め込んでいた。
僕は話しかけることもなくただそれを後ろから眺めていた。
「残こしていくものは要らないから処分していい」と最後に言って出ていった。
彼女が買った花瓶やテーブルは置いていった。
もし新しい彼女ができた時
こういう物があると
きっと次の女の子は嫌だろうから、
早く処分したいと思った。
ウジウジと思い出に浸るのも嫌だった。
メルカリで売ろうと思ったけど、それも面倒だったので
LINEに写真をアップして、欲しいという友人を募った。
ものの数時間で次の持ち主が決まった。
◇ ◇ ◇
ただ、どうしてもあげられないものがあった。
それは長押のレールハンガーに掛け吊るされたモタード用のバイクつなぎ。
2着並んでいる。
- 片方は大きなブラックのグリーンとブラックのARLEN NESSの革スーツで自分用。
- その隣には小さな彼女のブラックとホワイトボードそしてショッキングピンクのラインの入った革つなぎ。 出典:Ixon Vortex 女性のワンピースの革のスーツ - ベストプライス ▷ FC-Moto
バイク用つなぎは前かがみになった形でぶら下がっているから、
まるで今にも動き出しそう。
◇ ◇ ◇
去年の春。
僕がモタードバイクにはまって楽しんでいたら、
「一緒にやってみたい」と言い出し
彼女はあっという間にバイクの免許を取った。
つきあった頃はバイクなんて危ないし、
まったく興味がないと言っていたのに、どういう心変わりだろうと思った。
一緒にコースを練習するために、ピンクの革つなぎは僕が彼女にプレゼントしたものだ。
彼女は「いつか、このバイク買う」と言っていつもDトラッカーX(250cc)をレンタルした。
でも結局今年はコロナの影響で行けなくなり、
一緒にコースに出たのは昨年のワンシーズンだけだった。
◇ ◇ ◇
日が落ちてきた。
部屋は燃えるような赤い色から、すこしオレンジ色に変った。
………。
夕映えの空を2人でツーリングして帰ったときの、
あの黄昏の色のようだ。
………。
きっと結婚すると思っていたのに、
自分がいつまでも決断をしないのがいけなかったんだ。
◇ ◇ ◇
僕は、バイク用つなぎを買取取してくれるお店を探し連絡をした。
後日「宅配買取同意書」が届きそれと一緒に段ボール箱に2着のバイク用つなぎを入れて送った。
間もなく査定してもらった金額と同じ額が振り込まれたのを確認した。
これで、本当に彼女の影になるものはなくなった
はずだった。
でも
ふとした瞬間に彼女が僕の名前を呼ぶような声が聞こえてくる。
ここから出ていかなければいけないのは
僕の方だったのかもしれない。